『罪と罰』(ドストエフスキー)− でもやはり老婆殺しは罪ではない


罪と罰〈上〉 (新潮文庫)

罪と罰〈上〉 (新潮文庫)


圧倒的な小説世界にひきずりこまれるままにページをすすめ、
新生の兆しをみせるラスコーリニコフの姿にカタルシスを感じつつ読了。
何度読んでも読み応えがあって、この「読んだ」って感覚がたまらない。


「読んだ」って感覚は、つまり、ラスコーリニコフが人間として立ち直って
いくことに対する共感に起因するんだろうと思うが、でも、
よくよく考えてみると、実はこの小説の中でラスコーリニコフの罪は、
宙吊りになったままなのだ。


「罪人の悔悛」という物語のパターンが人間の心にぴったりと
なじむため、私は『罪と罰』を読みながらつい罪人悔悛パターンを
適用してしまい、最後には感動さえする。だが正気にかえって
点検すると、『罪と罰』はそんなふうにはできていない。
だってラスコーリニコフにとっては、最後の最後まで、
老婆殺しは罪ではなかったのだから。


シベリア流刑になったあとも、ラスコーリニコフは次のようなことを
考えている。


−自分に罪があるとしたら、それは選ばれた者としての自分の
一歩にたえられず自白をしてしまったということだ。


つまり、「一歩を踏み出したこと」(= 「老婆殺し」)そのものは
ラスコーリニコフにはとっては罪ではないのである。


確かにシベリアではラスコーリニコフにあらたな転機がおとずれ、それを
きっかけに、ラスコーリニコフとソーニャの将来への展望が
ひらけていく。ここで、「罪人悔悛パターン」になじんだ
私の心はすぐに、この転機は罪の自覚と悔悛によってもたらされたのだと
思おうとするけれども、実はラスコーリニコフに芽生えたのは
ソーニャへの愛の自覚であって、罪の意識ではない。


したがって、老婆殺しという社会的な罪に対して
社会から与えられた罰も、罪を罪として認識していない
ラスコーリニコフにとっては罰として機能しない。


「罰」というなら、ラスコーリニコフの精神を責めぬいたのは
シベリア生活ではなく数日間にわたったポルフィーリーとの対決だろう。
この対決期間が罰ならばそれは何に対する罰か。自分を選民と
思ったことへの罰だ。


自分を選民と思ったことで罪を負い、罰を受け、それに呼応するが
ラスコーリニコフにとっては無意味な社会的罪を負わされ、社会的
罰をうけ、流刑地のシベリアでソーニャへの愛に目覚める。そして
その愛により新しい生活が到来することが暗示される。


もしかすると、ラスコーリニコフはソーニャの影響で今後、
老婆殺しを罪と認識するかもしれない。しかしそれは
小説がいったん終わったあとのことだ。くれぐれも注意したいのは、
ラスコーリニコフの認識の流れが、悔悛→愛の目覚めではないことだ。
繰り返しになるが、『罪と罰』に「罪人悔悛パターン」を
適用してしまうと、ラスコーリニコフの認識の流れを
読み誤ってしまうから、注意が必要だ*1


で、もしも、ラスコーリニコフにソーニャがいないと
どうなるか。これを考えるうえで格好の人物がおり、それは、
スヴィドリガイロフ。


スヴィドリガイロフとラスコーリニコフは奇しくも同じ晩、
このまま生き続けることの閉塞感から自殺を思ってさまよい、
スヴィドリガイロフは命を絶ち、ラスコーリニコフはこの世に
とどまる。 ラスコーリニコフはソーニャに受け入れられ、スヴィドリガイロフはドーネチカに拒絶されたのだった。
スヴィドリガイロフとはラスコーリニコフのネガで、
スヴィドリガイロフには救いはない。


私の今のところの見解は、ソーニャがいなければラスコーリニコフ
どうにもならなかったということだ。適切な人に愛されなければ
人生終わったも同然というのは、ちょっと『罪と罰』の感想にしては
つまらんと思いますが、平たくいうと、適切な人を愛し、愛されよ、ということになってしまうのかなと思う。


それにしても密度が濃い小説。
小説がボリュームがあるため、長期間を書いたものかと思いきや
確か、たかだか10日ばかりの間の出来事が書かれているだけだったはず。
その間何人死んだかな〜。登場人物で死んだ人:

  • 質屋老婆
  • リザヴェータ
  • マルメラードフ
  • カテリーナ・イワーノヴナ
  • スヴィドリガイロフ
  • ラスコーリニコフ母(これはロージャが流刑になってからだったかな)
  • マルファ・ペトローヴナ(スヴィドリガイロフ妻。いつ死んだんだっけ?)

罪と罰 登場人物


下巻くらいからたくさんでてきて途中から分からなくなってきたので。

  • ルージン(ピョートル・ペトローヴィチ)・・・ ドーネチカ(ラスコーリニコフの妹)の婚約者
  • イリヤ・ペトローヴィチ(火薬中尉)・・・ ラスコーリニコフが警察に呼ばれて出頭した時に居酒屋のドイツ人おかみをどなりつけてた人。
  • ニコージム・フォミッチ ・・・ 警察の人。
  • ザミョートフ ・・・ 警察にいた事務官。
  • レベジャートニコフ ・・・ ルージンの知人でルージンの投宿先。マルメラードフ一家と同じ建物に住む。
  • スヴィドリガイロフ ・・・ ドーネチカ(ラスコーリニコフ妹)の家庭教師先の主人。ドーネチカにいいよってた。
  • ポルフィーリ ・・・ 予審判事。ラズミーヒン(ラスコーリニコフの友)の引っ越しパーティの場面で初登場。ラズミーヒンの親類。
  • ラスコーリニコフ・・・ 主人公。ラスコーリニコフというのは姓。フルネームはロジオン・ロマーヌイチ・ラスコーリニコフ

罪と罰 どこで何が起こるかの記録


再読の時、役立つかな。『罪と罰』は、エピローグをのぞけば実はたった数日間での出来事が書かれている。密度が濃いからそんな気がしないけど。


下巻以降の分しか書いてない。思いついたのが遅かったので。

  • IV-1 ・・・ x日目 昼

スヴィドリガイロフがラスコーリニコフを訪ねてくる。ドーネチカに金を渡そうと申し入れ。

  • IV-2・3 ・・・ x日目 夜

20.00頃。ラスコーリニコフとラズミーヒン、ラスコーリニコフ母とラスコーリニコフ妹、ルージンが口論。

  • IV-4 x日目 夜

23.00頃。ラスコーリニコフはソーニャに会いにいく。その時の話の内容を、スヴィドリガイロフが盗み聴きしている。

  • IV-5 x+1日目 朝

11.00 ラスコーリニコフポルフィーリを訪ねる。

  • V-1 x+1日目 昼

ルージンがマルメラードフの葬式に参加する。この葬式にはラスコーリニコフも参列。

  • V-2 x+1日目

マルメラードフの葬式の様子。

  • V-3 x+1日目

マルメラードフの葬式でルージンがソーニャを罠にはめようとした策略がばれる。

  • V-4 x+1日目

ラスコーリニコフ、ソーニャの家にいって殺人を告白。

  • V-5 x+1日目

カテリーナ・イワーノブナの発狂死。

  • VI-1 x+3日目

ラスコーリニコフの家にラズミーヒンが訪ねてくる。

  • VI-2 x+3日目

ラスコーリニコフの家でラスコーリニコフポルフィーリの対決。ポルフィーリ「あなたが殺したんです。」

  • VI-3・4 x+3日目

ラスコーリニコフ、スヴィドリガイロフを訪ねる

  • VI-5 x+3日目

ドーネチカとスヴィドリガイロフの対決。スヴィドリガイロフは拒絶される。

  • VI-6 x+3日目 深夜

スヴィドリガイロフ熱病。明朝早くに、自殺。
この晩、ラスコーリニコフも自殺を考えながら街をさまよう。

  • VI-7 x+4日目 夕方

ラスコーリニコフ、母と別れ、妹と別れ、ソーニャ宅で十字架をもらい、自白。

*1:「罪人悔悛パターン」は「パターン」として認知されるだけあって人間の心に強い作用力を持つ。『罪と罰』は この作用力をうまくいかして読者の心を揺さぶりつつ、しかし、このパターンから逸脱している。