『北川はぼくに』(田中小実昌)− 戦場にも日常がある


ポロポロ (河出文庫)

ポロポロ (河出文庫)


戦場にも日常があることをあらためて知る。



ある出来事をめぐって、緊張感がギリギリと高まっていくというのは、短篇小説の特徴だ。私はあまり戦争ものをよんできていないけど、戦争を扱った短篇小説では、戦争じたいの緊張感と短篇小説の緊張感とがあわさって、作品の緊張感は極限に達する。



一方、田中小実昌の『北川はぼくに』を読んでいても、そこまではりつめたものは感じとれない。極限状態はたしかに描かれているのだが、書いている人がそれをふつうのこととして冷静に(冷徹に、ではなく)描いているため、読んでいる方もそんなものか、とうけとめる。



冒頭の「緊張感」というのは「非日常性」という言葉におきかえて考えてもいいのかもしれない。それに対して田中小実昌の『北川はぼくに』の基調をなしているのは「緩さ」と「日常」だといえる。戦争といえばこう、短篇といえばこう、という不文律からかるがると解放されている点が、読んでいて新鮮だった。